白紙ソート

アニソンしか買わない

今季のアニメのアニソンが発売され始めてきました。
私は商業音楽は基本的にアニソンしか買いません。
というよりはそれ以外の曲に接する機会がないので、アニソンしか購買対象にならないと言った方が正しいかもしれません。

よくアニソンを買っている私からすると、よく話題に上がる曲が売れないという話は販促に問題があると思っています。
どういうことかというと既存の販促方法では多くの人に曲が届かなくなっているのだと思います。
今までは受動的に音楽を聞く方法がありました。
テレビの音楽番組や主題歌、それにラジオなど。
しかしテレビ視聴率が低迷する中でテレビ番組の主題歌や音楽番組は見られなくなっています。
ラジオも同様です。
既存以外の方法でも、例えばYouTubeにPVが投稿されていますが、探さなければ辿りつかないので受動的とは言えません。
結果として聞く機会がなくなり購入まで至らなくなるのではないでしょうか。
しかしアニソンならアニメを見る際に自然に繰り返し聞く機会があるので購入につながりやすいと思います。
少なくとも私はそうです。
レコード会社は握手券等をつけるといった音楽以外で釣る方法を考える暇があるのなら、動画作成時のBGM利用を許可するなど受動的に聞く機会を増やす方法を探せばいいのにと思います。

企業哲学の欠点

以前、勤め先の会社が企業哲学を導入していると書きました。
本家の京セラではこれを社員に浸透させることができましたが、どうも勤め先では、あまり浸透していなかったように思えます。
私に至っては反発さえしていました。
なぜ勤め先では浸透せず、京セラでは浸透できたのでしょうか。

企業哲学はその性質上、会社という権力者からの価値観の押しつけという形になります。
それに逆らうことはなかなか難しいでしょう。
しかし、人の価値観を強制的に変えることは不可能です。
それでも価値観を押し付けたいならば、自発的に変えるように仕向ける以外に方法はありません。
そのためには、その価値観を取り入れることそれ自体が正しいと思い込ませることです。

このとき重要なのは価値観自体ではなく価値観の持ち主です。
京セラでは企業哲学の考案者は創業者の稲盛氏です。
一代で大企業を作り上げ、企業再生も成し遂げましたから、彼は偉大な成功者と言っていいでしょう。
そんな大成功を収めた人の価値観ならば、内容にかかわらず無条件に正しいと信じたくなります。
この場合ならばどんな価値観でも自発的に信じさせることができるはずです。

つまり、企業哲学は圧倒的な成功者から発せられないと意味がないのです。
勤め先の社長は、起業して軌道に乗せたので、成功者の部類には入ると思います。
しかし、大企業になったわけではないので、一般的に想像される「偉大な」成功者とは思えません。
そのため、無条件に信じさせることができず、企業哲学が浸透しなかったのでしょう。

【読書感想文】棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか

新日本プロレスを再興するために奮戦した棚橋弘至氏の自伝です。

低迷する新日本プロレスをなんとか盛り立てようと、試合のプロモーションのためなら地方へ行き、地元新聞やラジオなど出してもらえればどこでも出ていき、さらにコラムを3本毎週抱えるなど試合のある日のほうがラクという多忙な日々を過ごしました。
全力のPR活動から彼の新日本プロレスにかける情熱がわかります。
面白いと思ったのは会場に足を運んでもらうために、自分自身の知名度をあげるようにしたことです。
プロレスではなく、まずは「棚橋弘至」を見に来てもらおうというのです。
いわゆるパーソナルブランディングと呼ばれる手法でしょうか。

数年にわたる地道な宣伝によって少しずつ観客が増えていきます。
しかし、その道程は厳しいことの連続です。
一番感嘆したのは3年間ブーイングを浴び続けたところです。
プロレスのヒール(悪役)に対しては盛り上げの一環としてブーイングが起きますが、彼に対するブーイングはただの嫌悪でした。
3年も嫌われ続けるのは尋常でないストレスだったでしょう。
私だったらさっさと投げ出しています。
しかし、彼はそれを受け入れ、このストレスに対処する方法を考えることでこれを乗り切ります。
苦境にあってもそれに飲み込まれず立ち向かう姿はまさにプロレスラーと言えるでしょう。

この本ではプロレス観のことも書かれています。
その中には創作に通ずるものがあると思いました。
例えば、プロレスでは「テーマ」が大事で、シリーズ開始前には「シリーズを通した今回のテーマ」を考えて、1試合1試合に意味を見つけるようにしているそうです。
このあたりはストーリー構成の参考になるかもしれません。
他にも共感が大事とかエンターテインメントは飽きられたら終わりとか肝に銘じておきたいところがいろいろありました。

テーマ:読んだ本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

もったいない

理化学研究所の笹井芳樹副センター長が自殺されました。
生命科学の分野において多大な功績を挙げられた方だそうですから、各方面からその死を惜しむ声が上がりました。
私はそのあたりは門外漢なので凄さは分かりませんが、別の観点からその死がもったいないと思います。

生命科学の権威と呼ばれるだけの実績は確かなものだったのですから、他人の論文ねつ造を手伝ったことで、その地位に傷はつけど、科学界から締め出されることはなかったと思います。
理研では予算交渉役も任されるなど理研での立場も高かったですし、理研が手放すとは到底思えません。
仮に理研を追われたとしてもどこかしらの研究所は受け入れてくれたと思います。
給料もたんまりもらっていたので、当面生活に困ることはなかったはずです。

つまり、やり直すには十分すぎるほどの環境が彼にはあったはずなのです。
月並みですが人間は生きていればやり直すチャンスはいくらでもあります。
ましてや彼はプラスからのスタートができる環境にありました。
その環境をみすみす手放してしまったことが本当にもったいないと感じます。

ずれた常識

今月は終戦記念日がありますね。
終戦とはいうまでもなく第二次世界大戦のことです。
第二次世界大戦下の日本では、戦地に行くことは名誉なこととされ、国のために死ぬことは常識でした。

その常識は少し形を変えて高度経済成長期の日本に受け継がれました。
「企業戦士」という言葉があったように、戦場は会社に変わり、人生のすべてを、あるいは命を、仕事に懸ける時代になりました。

ところで、先日ワタミの社長が「ブラックだなんて全然思っていない」と発言しました。
過剰労働や過労死が横行していることは明らかになっており、説得力のかけらもないことは自明のはずにもかかわらず、それでもその発言ができたのはなぜでしょうか。

創業者の渡邉氏は54歳(1959年生まれ)でした。
その考えを継いだと思われるワタミの社長も54歳です。
高度経済成長期が1973年までであるため、彼らが入社したとき(1980年頃でしょうか)の先輩や上司は仕事にすべてを懸ける「企業戦士」でした。
ですから、彼らはその影響をもろに受けているはずです。
結果として、仕事に対してすべてを懸けることが常識になっているのだと思います。
だから、過労死の責任も認めないし、長時間労働も正当化できるのでしょう。
そして、その常識に一片の疑いも抱かず、自分が正しいと思っているからこそ、あのような世間の常識とかけ離れた発言ができたのだと思います。

自分の常識を信じ切った人ほど厄介なものはありません。
そうならないように自分を疑う姿勢を少しでも持っていたいと思います。

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