白紙ソート

苦労の正当化

私は就活が長引いたほうで、1年ぐらいやってやっと内定を取ったクチです。
で、就活終了後に教授から長くやってよかったかというようなことを聞かれたので、「いや、短いほうがいいですよ」と不服そうに答えたら、教授に「面白いことを言うね」と言われました。
そのときは何が面白いのかさっぱりわかりませんでした。

今考えてみると、おそらく教授は「ええ、そうですね。苦労したおかげで成長できましたし」みたいな答え方を期待したのではないかなぁ、と。
結局、多くの人は長く苦しい戦いを終えたときに、その苦労を正当化しようと、苦労を肯定する傾向があるんじゃないでしょうか。
誰だって辛かったことに意味があったと思いたいはずだと思うので。
ところが、私はどうもそうではないようでして、とにかく疲れること、めんどうなことが嫌いなものですから、そういうことは無ければ無いほどいいというタチなんです。
労苦は限りなく0にしたい。
苦労を妙に正当化したがる人は好きじゃないですね。
寝てないアピールとか。

目的のために必要な労力なら、それはただの過程に過ぎません。
過程内労力は「無」です。
必要のない労力に至ってはどんな理由があろうとナシです。
必要な労力を使うのは構わないけど、それは無いほうが絶対いいよねっていうスタンスです。
これから苦労することがあっても、その苦労を誇るようなことはしたくないですね。
ああ、でも年取ったらしそう・・・。

「仕事を好きになれ」の裏にある(かもしれない)もの

「仕事を好きになれ」というエライ人の名言があります。
稲盛和夫や松下幸之助あたりの名言集とかそんなんでよく見られますね。

ただ、忘れてはならないのはこの人たちは経営者であり、会社のために動く人たちだということです。
結局のところ、なぜ仕事を好きになれなどという必要があるのかといえば、それは会社組織内における人的資源の効率的運用にほかなりません。
好きにさせることでモチベーションをあげさせ、より多くの成果を出させることが目的でしょう。
早い話が会社の利益、カネのためです。マニーマニー。
ところが、「仕事を好きになれ」をはじめとする仕事への積極的スタンスを指し示す言葉は、そのことに言及していません。
個人の精神的充足感を満足させるためだけの意味しかないように表現しています。
まるで仕事を好きになることが幸せを実現するためであるかのように。
これはおかしい。フェアじゃない。それっておかしくないかな?

少なくとも一義的には、会社がその組織内で行うすべての行動は、会社の利益のためにするものと言っていいでしょう。
よほどの非常時でもない限りは組織にまったく関係ないことはしません。
だからといって、組織利益中心の考え方が組織の在り方として間違っているわけではありません。
問題なのはそのことを隠して、やりがいなどのキラキラワードでごまかしている点です。
これによって会社側の狙いが覆い隠され、あたかも自分のために言われているような気になり、「会社のため」が「自分のため」にすりかえられてしまいます。
こうなると、会社から要求される「全力で打ち込め」や「あきらめるな」の言葉は
全て「自分のため」に言われていることになってしまい、むちゃな要求に対して抵抗する考えが出てこなくなります。
この状態になると、会社にいいように使われてしまい、下手をすると完全に自由を奪われかねません。
「あきらめるな。君のためだ。休むな。君のためだ。帰るな。君のためだ。」

美しい言葉は不都合なものを見えなくします。
会社人の都合のいいように動かされることのないように、「仕事を好きに」や「やりがい」などのきれいな言葉を会社人から聞いたら、その裏には会社の利益があるんだな、と冷めた目で見ることが必要じゃないかと思います。

なぜ縋ったのか

前の勤め先の社長は50歳ぐらいだったと思いますが、
30ぐらいで独立して今の会社を軌道に乗せるまでになりました。
不思議で仕方がなかったのが、なぜそれだけの実績があるにもかかわらず、
企業哲学(というか思想)を稲盛氏という他人に縋ったのかということです。
確かに稲盛氏は成功者です。
成功者の言うことは正しいと思いたくなります。

だからといって、その思想に唯々諾々と従っていいのでしょうか。
たとえば、勤め先の企業哲学の手帳には
「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」というのを
タイトルはそのまま、内容も文言をいじっただけで流用していました。
全部ではありませんが、ほかにもいくつも流用した言葉がありました。
ですが、思想というのは一度咀嚼してから
自分の思想を加えてアレンジするもののはずです。
自分なりの言葉で解釈し直して新たに紡がなければ、
それはいつまでたっても借り物の言葉で、借り物の生き方で、
借り物の思想でしかありません。
50年生きてきて、普通はしない様々な経験をしてきて、
それでもなお、思想をコピペしてしまうというのは
なんだか悲しいなぁと思います。
生きていれば誰しも自分なりの思想ができてくるはずなのに、
それを突き詰めずに(突き詰められるはずなのに)レンタル品で代用する。
それは人間を捨て、奴隷に堕ちることと同じで憐れなことだと思うのです。
(奴隷は大げさか。まあ、思考放棄じゃね?ってことなんですが)

もちろんこんなものは主観なので、本人はそんなこと思っていないでしょう。
あるいは、単に考えが一致していただけかもしれません。
というか勝手にイメージ作って憐れむってどんだけ傲慢なんですかね私。
正直、感情的な文面だなと思います。
それでも、組織の頭が他人の信条を流用するというのはどうなの、と。
その、理念を思考放棄したリーダーは
見ていて気持ちのいいものではないというか・・・。
やっぱり、私の考える「正しい」姿にそぐわないんでしょうかね。

免許更新してきました

おととい運転免許更新してきました。
免許取得してから初めての更新です。
まあ、身分証明書扱いなんですが。

警察の免許更新センターで手続きしたんですが、
窓口の人の流れ作業感がすごかったです。
レシート投げられたし。
ま、お役所にサービス期待するほうが間違いなんで・・・。
もうセキュリティ守って機能果たしてくれりゃ何も言いません。

それはともかく、
平日でしたが意外に人がいて、講習は9人で受けました。
教習所とは違って机はなくソファだけ。
内容は配られた冊子の中の一部の話。
講習の説明担当の人はハキハキしたしゃべり方でした。
何度となくやってテンプレを再生している感じです。
改正された交通法についての話が中心でした。
今月改正された自転車のことも話していました。
まあ私、自転車にも乗らないんで関係ないんですが。
(高校時代は片手傘+イヤホン+歩道走行の役満を決めてたので完全アウト)

で、話が終わったらビデオを見ました。
事故の悲惨さを知らしめる系の内容です。
ちなみに私は教習所で見たビデオのせいで車に乗る気が失せました。
結婚間近で男が死亡事故起こして破談し、
さらに事故の賠償請求をされるというエグいものだったんですが、
なんでアレ見て乗ろうと思えるんだろう・・・。

案内ハガキに暗証番号が必須と書いてあったので、
何かと思ったら免許証に仕込んであるICチップのデータを見るときに
必要なんだそうですね。
盗まれた時の悪用を防止するためでしょうか。

そして講習が終わって新しい免許を獲得。
3年で十数回しか運転してない当然優良ドライバー。
何の自慢にもならないゴールド免許でございます。

以上、車を見捨てた系若者の戯言でした。

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