白紙ソート

のめりこめるもの

子供の時から小説ばかり読んでいたから、客観視やものの外側からの見方がなんとなく理解できていた、と思う。
それが今の人格形成に役立っていることは多分間違いない。
俺が読んだのは小学校から高校まででせいぜい500冊程度。
好きな人なら5年で5000冊ぐらいは行けると思うので、私など木端に過ぎませんが。
必ずこのくらい読んでいる人はいるでしょう。

子供の時から好きなものがあったらとことん極めるといい。
娯楽でも何でもいい。
そういうのは将来きっと役に立つ。
具体的に言えば知識・経験はけっこう金になる。
専門家になればその知識を必要とする人がいるから生きられる。
たとえば小説を浴びるほど読んだ人なら書評を依頼されるかもしれないし、編集者に採用されるかもしれない。
さかなクンなんかは子供の時から魚好きが高じて今のタレント職や教授職についているわけですし。

しかし、たいていの人はほどほどにしかやらない。
全ての時間を費やしてまで入れ込むことはない。
もっとも、極振りはデメリットもあるから、全ての人がそうである必要もない。
のめり込まないということはほかを見渡す余裕があるということだから。
けれども、極端でない人たちは組織の歯車になる。
いや、そういう人たちだからこそ組織を作るし、組織に入る。
作らなければ生きていけないから。
一人では足りないが持ち寄って合わせれば生きられるから。

では、組織は嫌だが、のめりこめるもののない人は?
それをいま、考えている。
たとえば、複数スキルの組み合わせとか。
複数の仕事(マルチワーク)をするとか。
一人で極端ができないなら、平均を複数組み合わせればいい。
うまくいくかはわからないけど。

麻雀のルールはわからないけど

いつのまにか麻雀系のマンガが集まってます。
別に意識して集めたわけじゃないんですが、まぁ、たまたま。


・咲-Saki-
アニメから入りました。阿知賀からだったかな。
萌え百合も目当てですが、単純に王道感があって好きです。
次々現れる能力者とのバトル展開や、キャラの過去話で感情移入したり、ピンチからの逆転があったりしてワクワクします。
衣戦と豊音戦が能力者バトル感全開で個人的ベストバウト。
シノハユも読んでます。


・ムダヅモなき改革
アガると人が死ぬ麻雀。
よく見てるブログの人が話しているのを見て買いました。
ルールはわからなくてもやりたい放題やってるなというのはわかります。
だがそれがいい。
近代の歴史上の人物が出てくるのでスーパー歴史大戦的な楽しみ方をしています。
土井サンがお気に入り。


・アカギ
何かと印象に残るセリフをネットで見かけて以来、常々気になっていたんですが、巻数が多いので尻込みしてました。
でも最近本棚を買ったのでここぞとばかりに古本屋漁ってます。
描写やセリフから漂う緊張感が魅力ですね。
こういう読み合いや、ひりつくようなせめぎあい、だましあいが絡み合った心理戦は大好物です。
気になっていた独特のセリフ回しも堪能できて満足です。
以下お気に入りのセリフを一つ。

死ねっ…!異端者っ……!それが唯一 救い…
そう観念した時………かろうじて
救われる……!!
俺と同じ理解されぬ者………
はぐれ…狂人…
同類よ………!!

ほかの福本作品もほしいなぁ。

可能性の問題

可能性の問題という言葉が好きです。
この言葉を使うだけで、楽観も悲観できなくなるからです。

あることを始めるとき、その結果には成功と失敗が必ず存在します。
ですから、始めるにあたって成功した場合と失敗した場合の両方を検討すべきなのです。
たとえば起業するときはスタートダッシュに成功した後の戦略をどう決めるか検討するのはもちろんですが、失敗したときに借金などをどうするかという撤退方法も考えなければなりません。
ところが、多くの人は楽観視するか悲観視するかのどちらかに偏りがちに思えます。
こういう偏りは成功のチャンスを逃し、失敗を呼び込みます。
可能性の問題という言葉を使うと、成功も失敗も可能性で考えられます。
全てをありうるとすることで楽観も悲観もしなくなり、検討漏れがなくなります。
判断に必要な情報を集め、検討し判断することはおそらく成功に必要なことだと思うので、
可能性を考えることは重要だと思います。

また、成否を可能性で考えるようになれば、できないと決めつけることもできなくなります。
可能性があるかもしれないと考えるだけでいいのですから。
また、できると盲信することもなくなります。
常に失敗の可能性を考えておけば、対策が打て、失敗の芽を摘むことができます。

なにかをするときは可能性の問題を常に頭において行動したいですね。

どうして「なぜこじれるのか」を言わないのか

安保法案がなんかすっごいわかりづらいのはなんでかなぁと一考。

まず賛成反対にかかわらず、安全保障について考えなくてはならないのは事実で、そのために自衛隊の活動範囲を広げるのも選択肢の一つではあります。
(当然それ以外にも外交、経済、文化など方法はいくらでもあるのは周知の話)
しかし、そのためには憲法改正というか国民へのアンケートが必要になることも事実です。
この2つの事実を踏まえれば、軍拡するなら憲法改正が必要という結論しか出てこないはず。
そして、この結論に従って行動すれば合憲違憲問題は発生しませんでした。
安全保障をどうするかだけが国民の間で議論すべきことになったはずでしょう。
ところが、改正できないと踏んだのかはわかりませんが、抜け穴的な憲法解釈変更という方法で自衛隊の活動範囲を拡大するという手を使ってしまったわけです。

その結果、解釈変更が違憲か合憲かというまったく別の問題がでてきてしまい、違憲合憲問題と安全保障問題がごっちゃになってしまいました。
さらに改正しないで無理やり理屈を通そうとするから意味不明な概念をいくつも作らなくてはならないという弊害も出てきました。
これらが組み合わさった結果、国民も議員も官僚も混乱状態になってしまったように思えます。

わかりづらい原因はこんなところだと思いますが、しかし、わかってみれば単純な話がなぜ今まで理解できなかったのが疑問です。
もちろん私の理解力不足もあるでしょう。
しかし、私が見たメディアの中で、なんでこじれているのかという説明をしたところがありませんでした。
(まあ、最近になって考え始めたので見逃したのかもしれませんが・・・。)
おそらくそれは各メディアが違憲合憲イデオロギーと安保イデオロギーに躍起になってしまい、なぜ問題がここまでこじれているのかという構造的な問題の説明をしていなかった(できなかった)からではないでしょうか。

各メディアには自社のイデオロギーとかいいので、何が焦点で互いにどういう理屈を通そうとしているのかを書いてほしいなぁと思います。
(NHKはやってる気がしますが)

FC2Ad